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東京地方裁判所 昭和31年(ワ)6807号 判決 1960年1月23日

原告 国

訴訟代理人 舘忠彦 外三名

被告 東京硝子管製造株式会社

主文

被告は、原告に対し、金四十五万円およびこれに対する昭和二十六年三月一日から右支払ずみに至るまで金百円につき一日金五銭の割合による金員を支払え。

訴訟費用は、被告の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一原告の申立および主張

(申立)

原告指定代理人は、主文第一、二項同旨の判決並びに仮執行の宣言を求め、その請求の原因として、次のとおり述べた。

(請求の原因)

一  被告は、昭和二十二年四月十四日から昭和二十四年八月十二日までの間に、配煙公団から金百四十一万六千三百十四円三十銭に相当する石炭等を、代金は現品を引渡した月の翌月十五日までに支払うこと。もし、その支払を怠つたときは日歩金五銭の割合による遅延損害金を支払うとの約束で買い受けたが、昭和二十六年二月二十八日までの間に合計金九十六万六干三百十四円三十銭を配炭公団に支払つただけで、その余の支払をしない。

配炭公団は、被告に対する残代金四十五万円の債権を、昭和二十六年三月一日、原告に譲渡し、同月十七日、その旨を被告に通知し、右通知は、その頃、被告に到着した。

よつて、原告は、被告に対し、前記金四十五万円およびこれに対する昭和二十六年三月一日から右支払ずみに至るまで約定の日歩金五銭の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  なお、被告の抗弁事実中、配炭公団が卸売商人又は小売商人であつたことは否認する。原告は、昭和二十六年四月下旬頃、被告に到達した納入告知書をもつて、本件売買代金債務の履行を催告したから、会計法第三十二条の規定に基き、これにより、被告の主張する消滅時効は中断され、その後、原告は、新たな時効が完成する以前である昭和三十一年二月十日、その頃被告に到達した書留内容証明郵便をもつて、本件売買代金債務の履行を最終的に催告し、これより六カ月内である昭和三十一年八月九日、墨田簡易裁判所に、本件売買代金債務について支払命令の申立をしたから、右催告により消滅時効は再度中断されたものである。

第二被告の申立および主張

(申立)

被告訴訟代理人は、「原告の請求は、棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として、次のとおり述べた。

(答弁等)

一  原告主張の事実は、すべて否認する。

二  仮に原告が本訴請求原因として主張する事実が認められるとしても、

(一) 配炭公団は、卸売商人又は小売商人のいずれかに該当し、したがつて、それが被告に売り渡した石炭の代金は、民法第百七十三条第一号に定める「卸売商人及ヒ小売商人カ売却シタル産物及ヒ商品ノ代価」に該当するものであるが、原告か本訴を提起したときには、原告が配炭公団と被告との最終の取引日であると主張する昭和二十四年八月十二日又は被告会社旧代表者保坂仁作が本件売買代金について、その支払を確約したという最終弁済期日である昭和二十六年四月末日のいずれからも、すでに二年を経過しているから、被告の代金債務は時効によつて消滅しており、被告は本件において右時効を援用する。

(二) 仮に、本件債権が二年の消滅時効に服するものでないとしても、被告は商人であり、配炭公団からの石炭の買受けは、自己の営業のためにしたものであるから、本件売買代金債権は商行為によつて生じたものというべきところ、原告の本訴提起の時には、前記(一)の昭和二十四年八月十二日又は昭和二十六年四月末日のいずれからも、すでに五年を経過しているから、被告の代金債務は時効によつて消滅しており、被告は本訴において右時効を援用する。

なお、原告主張の納入告知書による告知および書留内容証明郵便による催告の事実は、いずれも否認する。

第三証拠関係<省略>

理由

(売買契約および債権譲渡の有無について)

一、まず原告主張の売買契約の有無について判断するに、証人大島三郎の証言により、その成立を認めうべき甲第一号証の一、二および同証人の証言を総合すれば、配炭公団は、昭和二十四年四月一日から同年八月十二日までの間に合計金七十一万八千八百七十五円に相当する石炭等を被告に売り渡したが、それより以前、すでに合計金六十九万七千四百三十九円三十銭の売掛金債権を有していたこと、他方、被告は、その債務の弁済として、昭和二十四年七月二十日から昭和二十六年二月二十八日までの間に、合計金九十六万六千三百十四円三十銭を支払い、結局、右の最終弁済日現在において、配炭公団は、被告に対し、金四十五万円の売掛金債権を有していたことが認められ、右認定を覆すにたりる証拠はない。

なお、配炭公団と被告との石炭等の売買にあたつて、もし、代金の支払が遅延したときは、日歩金五銭の損害金を支払う旨の特約がされたことは、成立に争いのない甲第十号証により、これをうかがうことができる。

しかして、成立に争いのない甲第六号証および証人詫間政夫の証言を総合すると、配炭公団は、昭和二十四年政令第三百三十五号配炭公団解散令の定めに従つて解散するにあたり、本件売掛金を含むその売掛金その他債権を、昭和二十六年三月一日、原告に譲渡し、即日その旨を被告その他の債務者に書留内容証明郵便をもつて通知したことを認めうべく、被告に対する右債権譲渡の通知は、反証のない限り、その頃、被告に到達したものということができる。

(消滅時効が完成したかどうかについて)

二(一) 被告は、配炭公団は、民法第百七十三条第一号に定める卸売商人又は小売商人のいずれかに該当し、同公団が被告に売り渡した石炭の代金は同号に定める「卸売商人及ヒ小売商人カ売却シタル産物及ヒ商品ノ代価」として、二年の時効により消滅するものである旨主張する。しかして、配炭公団が、被告が主張するように、卸売商人か、あるいは、小売商人であるというためには、まず、同公団が商人であるということが確定されなければならないことはいうまでもない。しかし、ある者が、法律上、商人とされるためには、それが自己の名をもつて商行為をすることを業とする者であることを必要とし、いわゆる「業とする」とは、営利の目的をもつて継続的に同種の行為を反覆してするものと解すべきところ、配炭公団は、その根拠法である配炭公団法(以下、法という。)によれば、法に基き、経済安定本部総務長官の定める割当計画および配給手続に従い、石炭およびコークス並びに指定亜炭の適正な配給に関する業務を行うことを目的とする法人であり(法第一条)、その基本金は全額政府の出資を仰ぎ(法第三条)、総裁その他役職員の任命および身分等は、原則的に官吏のそれと同一であり(法第十一条、第十二条)、事業の遂行、会計等について政府機関の監督を受け(法第十七条、第十八条、第二十条、第二十一条等)、剰余金の自由な処分は許されていない(法第二十条)ことが明らかであり、これらの事実からすれば、配炭公団はその組織面において国家機関として性格をもつばかりでなく、その活動面においても、一定の国家目的の実現という公的使命をもち、ほとんど営利性を有しないものと認めることができるから、同公団は、商人たるの性質をもたないものと認めるのが相当である。したがつて、同公団が卸売商人又は小売商人のいずれかであることを前提とする被告の前示主張は進んで地の点について判断するまでもなく、失当といわざるをえない。

(二) 被告はさらに、本件売掛金債権は、五年の商事時効により消滅した旨主張する。しかして、本件売掛金債権が、商人である被告の営業のためにする行為により生じたものであることは、原告の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなすべく、したがつて、右債権は、被告主張のとおり、商法第五百二十二条に定める五年の時効によつて消滅するものといわねばならない。

被告は、この点について、本件売掛金債権は、配炭公団と被告との最終取引日である昭和二十四年八月十二日の翌日から起算して五年の経過により消滅した旨主張する。(本件消滅時効の起算日を昭和二十四年八月十二日の翌日とすることは、前記金四十五万円のうち、同年八月十二日の取引代金だけについてみても、代金は現品の引渡の日に支払う約定でもない限り、合理性のないことは、あえて、多くの説明を要しないであろうが、それ以上に正確な起算日を指定することは、被告としては困難なのであろう。)

しかしながら、その方式および趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第七号証および第八号証の各一、二、成立に争いのない甲第九号証の一、二並びに証人詫間政夫および同石井巌の各証言を総合すれば、原告は配炭公団から昭和二十六年三月一日、本件売掛金債権を含む一切の債権の譲渡を受け、即日これらの債権について徴収決定をしたこと、右決定に基く第五百三十六号納入告知書が現実に発送されたのは、同年四月下旬頃から五月末頃までの間であつたことおよび配炭公団の債務者の一人であつた江東区北砂町七の二百六番地東京練磨株式会社に対しては、第五百二十二号納入告知書が発せられ、同会社は、右告知書に基き、昭和二十六年六月十四日、株式会社三和銀行神田支店に払込みをしたことが認められ、これらの事実からすれば、右東京練磨株式会社に対すると、ほとんど時を同じくして、原告から被告に対し第五百三十六号納入告知書が発送され、債務履行の催告がされたことおよび右の告知書は遅くも昭和二十六年五月末日前後には被告に到達したことが推認される。したがつて、本件売掛金債権についての消滅時効は、会計法第三十二条の定めるところに従い、右納入告知によつて中断されたものといわなければならない。さらに前顕第十号証によれば、原告は右の納入告知から五年以内であること計算上明らかな昭和三十一年二月十日、被告に対し書留内容証明郵便をもつて、本件売掛金債務の履行を催告したことが認められ、右書留郵便は、事故その地により配達されなかつたという特段の事情が明らかにされない限り(本件において、そのような特段の事情を認むべき資料は全くない。)、発信の日である昭和三十一年二月十日後数日を出でずして、被告に到達したものと認むべきところ、原告が同年八月九日、墨田簡易裁判所に本件支払命令の申立をしたことは記録上明らかであるから、本件売掛金債権に関する消滅時効は、昭和三十一年二月十日発信の右催告により、再度中断されたものというべきである。

(むすび)

以上のとおり、被告の時効の抗弁は、いずれも採用しがたいから、被告に対し、前記売掛金残金合計金四十五万円およびこれに対する各売掛金の弁済期の後である昭和二十六年三月一日(当時、各売掛金債権の弁済期が、すでに到来していたことは、前掲証人詫間政夫の証言からもうかがうことができる。)からその支払ずみに至るまで、約定の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は正当であるから、これを認容することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言について同第百九十六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅正雄 柳田文郎 田倉整)

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